ここ十数年の問に、睡眠障害についての研究も進んで、睡眠専門のクリニックが注目を集めるようになってきました。とはいえ、「眠りとは何か」「人はなぜ眠るのか」といった本質的な問いをクリアする説明はまだ十分でない、というのが、長年睡眠障害の診療に携
わってきた私の、正直な印象です。
ただし、睡眠の研究者でなくても、「ぐっすり眠ったあとの気分のよさ」は、誰でも知っています。よく寝て、すっきり目覚めた朝は、気分も晴れやかで、気力もあふれ、家事も仕事もすいすい片づきます。
反対に、眠り足りておらず、目覚めがすっきりしないと、心身ともに重く、気だるく、作業能率も上がりません。
眠りは、食欲と同様、人の基本的欲求のひとつです。生きていくために必要不可欠で、完全に「自給的」なものです。いかなる先進の技術をもってしても、サプリメントや点滴などによって外部から補充することは不可能なのです。
人間以外の動物も眠りますが、人間のように無防備な状態で、7時間も8時間も続けて眠る動物はいません。そもそも、なぜ人は眠らなければならないのでしょうか。
本来、大脳は覚醒状態にあるものと考えられています。覚酬は、体内から発信されるのも含め、すべての刺激を大脳にとり次いでいる「脳幹網様体」が、大脳皮質を刺激することによって支えられています。ですから、その刺激が少なくなったり、脳幹網様体の活動が抑制されたりすると、人は眠くなるわけです。これが、「神経機構」による眠りの仕組みです。
また、ある程度の時間、起き続けていると、脳内には、睡眠を生じさせ、持続させる「睡眠物質」が生じてきます。現在、わかっているだけで十数種類の睡眠物質があります。代表的なものに、ウリジンや酸化型グルタチオン、最も強力といわれているプロスタグランジン晦などがあり、これらのホルモンが睡眠中枢に働きかけ、眠りをもたらしていると考えられています。これを、睡眠の「液性機構」といいます。
つまり、私たちは、起きている間はフル稼働している大脳のオーバーヒートを防ぐために、神経機構や液性機構という複雑で緻密な仕組みによって、ようやく眠りという休息状態に入るわけです。
大脳を休ませる唯一の手段は睡眠です。体は安静にしていれば休めますが、大脳を休養させるには、眠るしかありません。だから飛躍的に進化した大脳を持つ人間にとって、眠れないことが大きな問題になるのです。