睡眠についての研究はずいぶん進んできましたが、それでも、まだ、眠りの構造とねむけの関係など、わからないことは数多く残っています。たとえば、ぐっすり眠るとは深い睡眠をとることである、というイメージがあります。確かに、ロングスリーパーなどでは、浅い眠り(レム睡眠)の時間が長い、つまり深い睡眠が少ないために長時間の睡眠が必要になっているとも考えられますが、睡眠時無呼吸症候群の患者さんがCPAPを使った場合、浅い眠りが長いにもかかわらず「ぐっすり眠れた」という感想を聞くことが多いのです。精神生理性不眠の患者さんなどでは、実際はかなり眠っていても「眠れない」と感じることも少なくないように、眠れたか、眠れなかったかは、多分に主観的な要素が大きいようです。睡眠は、瞬間的に深く眠ればよいのではなく、一定時間、継続して眠れてこそ効果を発揮すると思われています。それゆえ、途中で目覚めたり、眠りが浅かった感覚が残っていると、寝足りないと感じることになるのでしょう。
一般的に、規則正しい起床と就床、食事と適度な運動、ゆったり入浴することといった生活習慣が、よい睡眠を誘うものであることはまちがいありません。なかでも、午後から夕方にかけての適度な運動は、確実に寝つきをよくしてくれます。反対に、夜間のアフェ
インは深い眠りを減少させて、夜間の覚醒回数を増やすといわれますし、喫煙も睡眠こマイナスの影響を及ぼします。飲酒も、適量を晩酌で楽しく、というのが快眠の秘訣でしょう。そのはか、快眠のためのコツを次ページに紹介してあるので、参考にしてください。
不眠症や睡眠障害の増加を感じる一方で、長年、睡眠障害に悩む患者さんの診察に当たってきた私の実感は[なんと人間はよく眠るものか]ということです。不慣れな病院の一室で、めんどうな実験装置をつけながら、みなさん、実によく眠ります。
社会的な背景もあって、不眠に悩む人は非常に増えています。ただし、睡眠時間には個人差が大きく、4~5時間で元気に活動できる人もいれば、9時間以上寝ないとねむけが強すぎて生活に支障が出る人もいます。
前者を「ショートスリーパー(短時間睡眠者)」、後者を「ロングスリーパー(長時間睡眠者)」といい、理由はわかりませんが、それぞれ人口の数%の人が、そういう特殊な睡眠時間を持つタイプとして存在しています。ロングスリーパーとしては、相対性理論のアインシュタイン、ショートスリーパーでは、エジソンやナポレオンが有名です。現在ご活躍中の日本の大学教授にも、多趣味・多資格で、すごく元気なショートスリーパーの典型と思われるかたがいらっしゃいます。
睡眠障害には、眠れない、眠りを妨げられるといった障害とは逆に、ちゃんと寝ていても眠けが残る、という障害もあります。それが「過眠症」です。代表的な病気は「ナルコレプシー」といい、ちゃんと睡眠時間をとっているにもかかわらず、白分か話している最中や、試験中、運転中などにも、強いねむけが起こり、眠ってしまうというものです。
その、一般的な居眠りとは異質なねむけの起こり方を「睡眠発作」といいます。たとえば運転中であれば、ねむけを自覚して車を道端に停車させる程度の余裕がある場合もありますが、デート中に眠り込んでしまったり、上司の話を聞いている最中に眠ってしまうよ うな事態も起こりやすく、社会生活上の支障の多い、やっかいなものです。睡眠発作に先立って、疲労感や目を開けていられないという感覚、四肢の重たい感じなどがあり、目の焦点が定まらない、首の筋緊張が失われて頭ががくんと前に倒れる、などの予兆が見受けられることもあります。また、この疾患には、感情的に興奮すると、体の力が抜けてしまうという症状があります。「情動脱力発作」といって、笑ったときに力が抜けて、顔の表情筋に力が入らなくなったり、釣りざおに魚がかかって喜んだ瞬間に手の力が抜けて、さおを手放してしまうなど、ふつうは考えられないタイミングで脱力が起こります。
眠りかけているときやじっと座っているときなどに、主としてふくらはぎの深部に虫がはうような不快なむずむず感が起こって、脚を動かさずにいられなくなる症状を「むずむず脚」といいます。不快感は脚を動かさなければ解消しません。そのため、頻繁に脚を動かすことになって眠りが著しく分断され、不眠に苦しむことが多いのです。
このむずむず脚の患者さんのうち、8割程度の人は、眠りかけたときに手足が周期的にぴくんぴくんと不随意に動く「周期性四肢運動障害」もあわせ持っています。睡眠中に足がぴくんと動くので、やはり眠れません。
これら2つの症状を合わせて、「むずむず脚症候群」と呼びます。名前はユーモラスですが、眠れないことによる苦痛は大きく、たいへんつらいものです。
原因は明らかになっていませんが、50歳以上の中高年層に多く、鉄欠乏性貧血、腎疾患や糖尿病性神経障害、パーキンソン病などの疾患となんらかの関連があると考えられています。妊娠中に起こることもあります。アルコールやカフェイン、喫煙、肥満、ストレスなどが症状を悪化させる要因になることもわかってきました。
なかでも腎不全は、この症候群の原因のひとつであると考えられており、人工透析を受けている患者さん尾6割から8割は、むずむず脚症候群を発症しています。
程度の差こそあれ、いびきは睡眠時無呼吸症候群の、代表的な症状です。無呼吸にならないいびきもありますが、基本的にいびきは、呼吸の通り道である上気道が睡眠中に狭くなって、なんらかの抵抗が生じ、その抵抗が粘膜の振動音を発生させているわけです。つまり、基本的に、いびきと睡眠時無呼吸は、程度の差はあれ、生理学的には連続した現象ですから、たかがいびきと思わず、注意してください。
そもそも睡眠中は、気道塗の緊張がゆるみ、あおむけになると、図のように舌のつけ根(舌根部)や、鼻腔の奥の軟口蓋が下がり、気道が狭くなりやすいのです。それでも、健康な人では、あおむけに眠っても気道はそれなりに確保され、スムーズに呼吸ができます。 ところが、そこに、何か上気道を狭くする要因が加わると、起きている間は呼吸に支障はなくても、眠ってしまうと、呼吸が妨げられるほど気道が狭くなってしまいます。
呼吸関連睡眠障害の中で最も多いのは、上気道の閉塞のために眠っている間に無呼吸を繰り返す「閉塞性睡眠時無呼吸症候群」です。定義として、呼吸が止まる、または、浅くなる(低呼吸)状態が1回に10秒以上続くものを無呼吸といい、それが1時間に5回以 上起こる状態を睡眠関連呼吸障害といいます。
呼吸が止まると息苦しくなって酸素欠乏状態になり、一晩に何度も睡眠が妨げられます。本人には呼吸が止まったことも目が覚めたこともあまり自覚はないのですが、熟睡できていないため、昼間に強いねむけや倦怠感に襲われますし、集中力も低下します。作業能率は下がり、居眠りのために運転や機器の操作を誤って、大事故を引き起こすリスクも高くなります。重度になると、1時間に30回以上の無呼吸を繰り返し、そのたびに、酸素欠乏を起こして睡眠が中断されることになります。平常の酸素飽和度を100とすると、70~60あたりまで低下しますから、循環器にも過重な負担がかかります。睡眠呼吸障害は心血管障害の危険因子だという多くの研究報告があります。
「概日リズム睡眠障害」は、誰でも発症しやすく、患者さんの数も多い睡眠障害です。「時差ぼけ」に代表されるように、体が持っている睡眠リズムが、社会的な生活時間とずれてしまうことによって起こります。
私たちの睡眠・覚醒リズムや体温やホルモンなどの約24時間のリズムを「概日リズム」といいます。本来、体は、刺激から隔離された状態では、約25時間周期の体内時計を持っています。それを、明るさや食事、学校や仕事に出かけるなどといった生活環境因子に合わせて、毎日約1時間、調整して生活しているわけです。休日が続くと、ついつい夜更かしになるのは、25時間の体内時計を、社会的要請による時刻に合わせないから、ともいえます。
かつては、「睡眠薬」といえば、服用しているうちに耐性がついて効きにくくなりやすく、量が増えたり、致命的な用量オーバーが起こりやすい、危険な薬物というイメージがありました。その代表的なものが、パルビタール系の睡眠薬でしょう。これも適切な服用をすれば問題はないのですが、遅効性で効くまでに時間がかがるために過量(用量オーバー)に達しやすく、また、脳幹に直接作用する性質のため、呼吸抑制や血圧低下などのショック症状を引き起こしやすかったのです。
いまは、呼び方も睡眠薬から「睡眠導入剤」に変わり、副作用の少ないものが主流になっています。現在、よく用いられているベンゾジアゼピン系の薬剤は、パルビタール系の薬剤より耐性ができにくく、安全性の高いものです。
市販薬も出回っていますが、こちらは、アレルギー反応を起こすヒスタミンを抑制する「抗ヒスタミン剤」などが主役で、効きめはマイルドですが、その分、本格的な不眠には効きにくい傾向があります。効果の「持ち越し」もあり、翌日にぼんやりした感覚が残ることもあるようです。多少の耐性はありますから、決められた量を飲んでも眠れないからといって「もっと飲んだら効くだろう」などと考えてはいけません。市販薬だからと安易に服用しないで、説明書きをよく読み、用法用量を守って使ってください。
眠れないことを気にしているうちに、しだいに悪循環にはまっていく「精神生理性不眠」では、これといった具体的原因が見当たらないことも多いのに対し、「ストレス性睡眠障害」では、不眠の原因となったストレスははっきりしています。
環境の変化や、日常生活中のイライラや緊張、不安、葛藤などは、ストレスとなって自律神経を興奮させやすく、不眠の原因にもなります。たいがいのストレッサー(ストレスの原因になっている事象)は一過性のもので、新しい環境にも慣れ、イライラや葛藤のもとにある問題が解決されれば、ストレスは消失し、不眠も解消します。
ところが、心的外傷後ストレス傷害(PTSD)のようにストレスの原因になる経験が激烈だったり、更年期などで本人のストレスに対抗する力が弱っていたり、あるいは、一過性の不眠に誤った対処法をとったりしていると、慢性の不眠症に移行することもあるので注意してください。安易にアルコールに頼って眠ろうとすれば、かえって睡眠の質を低下させたり、途中で目覚めてしまったりして逆効果です。また眠れないからといって深夜まで起きていては、生活リズムが乱れて、日常生活にいっそう支障をきたすようになり、さらなるストレスを抱えることになります。
精神生理性不眠の患者さんには、睡眠中の脳波と、患者さん白身による睡眠評価を比較してもらいます。そして「寝た気がしない」のは、折々に眠りが浅くなったり、目が覚めなりするためであることを説明すると、6割のかたは、自分が予想以上に眠れていることに納得し、安心して、治療は終了の方向に向かいます。
残り4割は、「自宅の布団↓眠れない」というマイナスの条件づけができてしまっていて、「検査の夜は、先生がそばにいたから、例外的に安心して眠れた」と感じるタイプのかたで、認知行動療法によるカウンセリングを続けることになります。精神生理性の不眠には、不眠恐怖に近い感覚があることが多く、こうしたかたにはベースに神経症と類似した素質があるのだろうと思います。